繰り出し式のルーペは、野外で使うもっとも基本的な観察道具のひとつです。
今は顕微鏡を小学生のうちから扱うことが多いので、ルーペに対しては「今ひとつ道具としてのステイタス感にかける」「地味」というイメージが染み付いてしまっているようです。が、使いこなせばこんなに便利なものはありません。
「ちょっといいルーペ」をポケットに忍ばせて出かけるだけで、身近な自然が冒険の世界にも…なるはずです。多分。きっと。
そんなわけで今回は、山や海辺などの「野外での自然観察」に最適なルーペの選び方、オススメのルーペについて、実際に使ってみた実感を軸に書いてみます。
機種の選び方・買い方について
①倍率は7倍から10倍程度で
分かります、分かりますよ!5倍よりより10倍、10倍より20倍と「拡大率が大きいこと」に心くすぐられるその気持ち。
が、ちょっと待って下さい。ルーペは倍率が高ければ高いほどいいというものでもなく、ちゃんと観察目的にあった適当な倍率というものがあります。
倍率が大きいことのメリットはもちろん対象物が大きく見える、より細かいところまで見えるということですが、一方で次のようなデメリットもあります。
- 見える範囲がせまくなる。どこを見ているか分かりにくいし、動くものを見る場合、見失いやすい
- ピントが合う範囲が極端に狭くなる(ピントが浅くなる)。物↔ルーペのピント合わせの距離が大変シビアになり、神経を使う。また、奥行きのあるものが観察しにくい
- 長時間使うと手ブレにより酔いやすい
室内で細かいもの、特に鉱物や宝石などを観察・鑑定する場合は20倍以上もアリですが、野外の自然観察に限って言えば、高倍率は文字通り「無用の長物」となってしまいかねません。
野外で持ち歩いて昆虫の顔や脚、植物の細かな構造など、特に観察する対象を限定せず色々見たいのならば「10倍」が最も使いやすいと思います。
7倍、8倍は少し拡大率が落ちる反面、上の高倍率のデメリットとちょうど逆のメリットがあります。あまり視力に自信がない方、ルーペに不慣れな方は7倍や8倍でもいいでしょう。
一方、肉眼でなかなか見えないものまで見たいなら、5倍などではやや倍率不足です。
②レンズ径があまり小さいものは野外で不利
レンズが小さめのルーペは視野が狭く、暗く感じられるため野外での観察にはあまりオススメできません。レンズの「有効径」が15mm以上くらいが良いでしょう。
ちなみにルーペには「宝石鑑定(あるいは鑑賞)」というかなりメジャーな用途が存在します。宝石鑑定用のルーペには高品質なものが多く、中でもプロの鑑定士に人気なのが、あのNikonが出している10倍のルーペ(品名:宝石鑑定用ルーペ 10×)だそうです。
Nikonのカメラのファンやユーザーなら反射的にポチってしまいそうな製品ですが、ちょっと待った!このルーペ、有効径が13mmしかありません。
持ってる方に覗かせてもらいましたが、大変クリアに見えるものの、野外でラフに観察するにはちょっと視野が狭いなと感じました。
メーカー | 型番 | 倍率 | レンズ径 |
市場価格の目安 |
Vixen | M20S | 10倍 | 20mm | 2,000円前後 |
Vixen | M16N | 10倍 | 16mm | 3,000-4,000円 |
Vixen | M17N | 10倍 | 17mm | 4,000-5,500円 |
Nikon | 宝石鑑定用ルーペ | 10倍 | 13mm | 5,000-7,000円 |
Eschenbach | 1176-10 | 10倍 | 23mm | 6,500円前後 |
Eschenbach | 1182-10 | 10倍 | 23mm | 6,500円前後 |
カートン光学 | R7529 | 10倍 | 22mm | 〜9,000円 |
カートン光学 |
R2450 (カリナンPRO) |
10倍 | 18mm | 10,000円前後 |
Zeiss | D40 | 10倍 | 13mm |
12,000円前後 |
↑各メーカー定番商品の倍率10倍のルーペのレンズ径比較。もちろん、レンズ径が良ければそれで良いというものではありません。
③レンズは、できれば2枚構成以上の高品質なもので
3倍くらいまでだとあまり感じませんが、倍率が10倍ともなると、品質の悪いレンズだと像のゆがみがひどく、見ていて疲れます。また、ピントが合った部分の像がいまいちハッキリしないものもあります。これらはレンズの「収差」によるものです。
収差:いろいろな要因で、一点から出た光線の束が完全には一点に集まらないこと。
高品質なルーペにはレンズを2枚(ダブレット)、3枚(トリプレット)と組み合わせたり貼り合わせたりすることで、1枚のレンズの欠点を補う(収差補正をする)設計になっているものが多くあります。
ただし、ダブレットやトリプレットだから良いというものではなく、レンズ1枚構成のもので比較的見えのよいものや、その逆もあります。
一般的に1枚構成のレンズは、ルーペを眼に近づけてのぞき込む、いわゆる理科の教科書通りのルーペの見方ではあまり気になりませんが、レンズを対象物の近くに置いて少し眼を離して見る場合(例えば自分が持ったルーペを他の人がのぞくような場合)、像の歪みがかなり出ます。
ちなみにキュリオス沖縄では、ガイドが持つルーペは「トリプレット構成」のものを使用しています。これはべつにお客様に貸し出した道具より良い道具を使ってドヤ顔をしたい訳ではなく、ルーペの扱いに不慣れなお客様にガイドのルーペをのぞいていただく、すなわち上記のような使い方をする機会が多いためです。
(紛らわしいですが、複数のバラバラに動くレンズが収納されていて、重ねて使うと高倍率になるタイプは普通「ダブレット」や「トリプレット」とは言いません。一見1枚の分厚いレンズのように見えるのがそうです)
④オススメの機種、メーカー
価格は1000円台から一万円超え、さらには三万円台までピンきりですが、安くて比較的良いものもあります。
検索するとさまざまなメーカーが出てきますが、実際にルーペを製造している所は多くはないようで、ラベルだけ違って中味は全く同じ、なんてことも多々あります。下記に紹介しているのはいずれも製造を手がけているメーカーさんか、少なくともメーカーオリジナルの製品です。
Vixen
Vixenというメーカーが出している「メタルホルダーM20S(倍率10倍)」というルーペは、実売1700円弱と大変お手頃でオススメです。
この機種のいいところは、10倍の倍率の割にレンズ径が20mmとかなり大きく、のぞきやすいところ。安いわりに像がきれいという定評もあります。実際使ってみてもかなり見やすいです。
野外で落っことしたり汚したりぶつけたりということを考えると、このくらいの価格帯がちょうどいいのかもしれません。ちなみに「キュリオス沖縄」のツアーでお客様に貸し出しているのもこの機種。
こと、野外観察での実用性に関してはピカイチで、よくこんな価格でこんなモノが作れるなぁと思ってしまいます。
レンズはガラス、そのほかは総金属製です。繰り出し部分の動きが個体によって固かったり、逆にゆるかったりもしますが、造りはこの価格にしては決して悪くないと思います。
Vixenのメタルホルダーシリーズには、この上に「M16N(レンズ2枚構成)」「M17N(レンズ3枚構成)」がありますが、価格がだいぶ高くなる上にレンズの有効径は16mm, 17mmと「M20S」と比べるとやや小さめになります。
この値段になってくると、下記のルーペで有名なブランドの商品とそう差がなくなってしまいます。やはりM20Sのコストパフォーマンスの良さはぶっちぎりだと思います。
コレに付属しているのもM20Sっぽいですね。Vixen 「コケ観察セット」
追記:その後、M16Nも買ってみました。実勢価格で2600円ほど。
あ、コレいい…!
視野の端まで像がきれいなので、レンズ径の小ささはあまり気になりません。周辺部はもちろんですが、中心部のシャープさでもM20Sよりも上。コントラストも色乗りもいいです。
というわけでM20Sよりちょっと良いものが欲しい方にも大変オススメです。
その他、5000円前後のルーペ
もっと高い物じゃなきゃ格好がつかん!という人は、だいたい¥5000くらいの価格帯の中から選んでみるといいでしょう。
このくらいの価格帯だと、ダブレットやトリプレットの優秀な機種がエッシェンバッハ、カートン光学などの有名どころからいろいろと出ています。
ただ、この価格のものを野外でガンガン使うかどうか、は意見が分かれそうなところです。
個人的な一番のオススメは「Peakの×7」
ちなみに、僕はPeak(東海産業)というメーカーの7倍のルーペ(1985-7)を使っています。
ドイツの光学機器メーカーがかなり古い時代に開発した「シュタインハイル構成」という、3枚貼りあわせ(トリプレット)タイプのレンズ構成を採用していて、非常に像がシャープです。
倍率は7倍ですが、解像感とコントラストがすばらしく細部が見やすいため、実際の観察においては先ほどのメタルホルダーM20S(10倍)と比べてもより細部が見えます。のぞき比べると「あれ、どっちが10倍だっけ?」と思うほど。
色が非常に濃くきれいに出るのも特徴で、構造などを確かめるだけでなく、鑑賞用途にも向いています。
レンズ径は16mmと、先ほどの「メタルホルダーM20S」に比べれば小さめになりますが、視界の隅々までシャープに見えるので特に視野が狭い感じはしません。
相場はだいたい4,500-5,500円くらいでしょうか。この価格帯の中では圧倒的にオススメです。
レンズはガラス、レンズのケーシングは金属、本体はプラスチック製で、繰り出し式ではなく、まっすぐシュッと引き出すような造りになっています。
これは首に下げた状態からワンタッチで引き出せて大変便利なのですが、欠点として、引き出す部分が使っているうちに緩くなり、スポッと抜けてしまうことがあります。
他にも、10倍、14倍、20倍がラインナップされています。(いつの時代のHPだよ!って感じのレイアウトですが、嫌いじゃないですこういうの)
その他、10,000円からそれ以上
お金に糸目をつけないから高品質なものが欲しい、という方へのオススメはカートン光学の「カリナンpro」というモデル。
実売10,000円くらいしますが、倍率×10の高品質なトリプレットにもかかわらず、レンズ径が18mmもあります(大きな高品質レンズ、というのは高価なのです)。実は僕はこの製品を覗いたことはないのですが、どのレビューを見ても良好な評価で、スペック的にも大変使いやすいのではないかと思います。
究極に格好をつけたい向きには、ドイツの老舗名門光学メーカーであるZeissが出しているルーペなどもあります。
10倍のモデル(D40)で実売¥13,000ほどもしますが、持っているだけでレンズマニアから熱い視線を集めること間違いなしです(笑)。僕もちょっと欲しいです。
品質は確実で定評もあります。ただ、宝石屋さんでのぞかせてもらったことがありますが、レンズ径は13mmと小さめなこともあり、野外用として考えると少し覗きにくかったです。なにより高い。。
⑤肉眼と明らかに違う世界をのぞくなら、15-20倍も
さて、野外観察に使うなら10倍くらいまでがいいよ!と書きましたが、7-10倍のルーペをさらに持っていて扱いに慣れており、さらに細部を観察したい!という人には15-20倍のルーペもオススメ。
たとえば、ルリハコベの花の、花粉の粒ひとつひとつまでハッキリ見たいと思ったら15-20倍が必要です。
7倍が大変良かったのでpeakの14倍を買ってみましたが、こちらも大変良いですね。
レンズ径もだいぶ小さく(12mm)、ピント合わせもシビアになりますが、色乗りの良さとシャープさは7倍と同様。
⑥できれば実物をのぞいて選びたい
スペックや評価などはWebで検索すればたくさん出てきますが、見やすい・見にくいといった使用感は、個人の感覚にもかなり左右されます。できれば実物をのぞき比べて選びたいもの。
ただし、いろいろなルーペの在庫を常に抱えているのは、よほど大きなカメラ用品店、専門的な昆虫用品店などに限られます。沖縄に住んでいるとルーペを店頭で見られるところはほぼなく、Webの情報を頼りに探すしかありませんでした。
⑦安く買いたいなら、いろいろな所で見よう
価格を調べていて思ったのは、店舗によって価格に本当に開きがあるなーということ。
正直、どんな商品でも「1円でも安く買おう」という考えには、いち消費者としてあんまり賛同できません。
ルーペを店頭で比較させてくれて、いろんな情報を教えてくれる親切な店があったら、多少高くてもその店で買いたいと、僕は思います。ルーペを在庫するコストや、店員さんの人件費だってそこに乗ってるわけですし。
ただ、ルーペという万人が使うものではない商品の性質上、たとえばカメラなどに比べてもかなり価格は不安定です。下手すると倍以上違います。
極端な例だと、先に挙げたNikonの宝石鑑定用ルーペはメーカーHPに掲載されている希望小売価格が8,800円(税抜き)で、定番商品でもあり特に品薄でもないのですが、ネット通販で14,200円で販売しているところもありました。別に違反でも何でもありませんが、さすがに消費者の無知を突いていると言われても仕方ない価格設定です。
逆に、平均的な相場の7割くらいの価格でカメラ用品、ゴルフ用品、ブランド商品などを取り揃えるネットショップは十中八九明らかな詐欺サイトですので、相場をチェックする癖はやはり大事です。
ルーペの使い方、ルーペを使う上での注意点
ここからは、基本的なルーペの扱い方について。
太陽を見ない
絶対に、絶対にルーペで太陽を見てはいけません。
ルーペで枯れ葉や紙を焼いたことのある方なら分かると思いますが、あれと同じことが人間の目の網膜にも起こります。考えただけでも恐ろしいですね。たった1度でも、十分に失明の危険があります。
特に、お子さんに貸したり買い与えたりする場合はよくよく注意しましょう。ルーペを目に当てたまま上を向いて観察対象を探すような動きも厳禁です。
また、野外でルーペを使う場合、観察する対象に気を取られすぎて足元や頭上への注意がおそそかになりやすいので気を付けましょう。「歩きスマフォ」ならぬ、「歩きルーペ」でつまずいて転んだ友人もいます。
ルーペの覗き方
教科書には「まず眼とルーペを近づけて、対象物を見やすい(ピントの合う)位置に持ってくる」とあります。
これはこれで正解なのですが、ルーペで観察したい対象物がいつも自由に持ち上げられるとは限りません。
例えば、持ち上げられない大きさの岩の表面を観察する場合、対象物を動かすことはできないし、かと言って眼とルーペをまず近づけてからピントを合わせにかかると、観察しようとする箇所を見失うか、悪くすれば頭を岩に激突しかねません。高い位置のものを見ようとしてこれをやると、間違って太陽を覗いたりすることにも繋がり、大変危険です。
このような場合には、観察するものとルーペをまず近づけ、それから覗き込んでルーペの位置を微調整します。観察する対象物によって使い分けましょう。
また動きまわる昆虫などは、小さめな透明のケースなどに入れてしまうとルーペで観察しやすくなります。
ルーペのクリーニング方法
野外で使っていると、ルーペのレンズにも当然さまざまな汚れが付着してきます。
ルーペはカメラのレンズと違って水洗い可能なので、下手に拭き取るよりは洗ってしまいましょう。食器用洗剤をごく少量つけて指でこすれば、油性の汚れも落ちてくれます(このくらいでレンズのコーティングが傷むことはありません)。
あとは、キッチンペーパーなどで水分を拭き取ればOKです。拭き残りが気になるなら、仕上げにレンズクリーニング液を染み込ませた布で拭けば完璧です。
研磨剤つきのスポンジでこすったり、砂がついたままの状態でレンズクリーナーで拭き取ろうとすると、レンズに傷が入るので要注意。
ただ、野外で使うルーペにカメラのレンズほど神経を使う必要はないと思います。
フィールドに、ルーペを持っていくということ
おわりに。ルーペはとても重要な観察ツールの一つです。
冒頭にも書きましたが、もし子供の頃から学校などで顕微鏡が身近にあったがためにルーペを軽視してしまうなら、こんなもったい事はありません。
試料を持って帰って顕微鏡で検鏡するのはもちろん大事ですが、野外でその場でサクッと拡大して観察できるというのはとても大切なことです。
10倍や20倍くらいの倍率だと正直、顕微鏡などと違って「どう頑張っても肉眼で認識できないものが見える」という倍率ではありません。
その代わり「肉眼で観察したもの」と「ルーペで覗いた像」との関連を頭の中で結びつけやすく、ルーペで観察する癖をつけると肉眼で見ても「何となく」分かるようになったりします。
身の回りのものを、身近なフィールドの生物や鉱物を片っ端からルーペで覗いてみることは、肉眼での観察力を鍛えることにもなるのです。
(by 宮崎)