県内誌や各メディアで触れられているとおり、ユネスコの諮問機関であるIUCN(国際自然保護連合)が「奄美群島、やんばる、西表島地域の世界自然遺産への登録」を延期するよう勧告を出しました。
これを受けて、2018年中の同地域の世界自然遺産登録実現は、少なくと見積もって2-3年延期される見込みが濃厚となりました。
この件について、われわれキュリオス沖縄としての思い、また「なぜ延期されたのか」「そもそも世界自然遺産とは」という観点から整理し、少し書いてみたいと思います。
キュリオス沖縄としての見解と思い
沖縄の自然を活用したツアー、それも「ツアーの中で生物を観察したり科学したり、生態系について学んだりすること」をメインのコンテンツとして据えている私たちキュリオス沖縄にとって、シンプルに考えれば、世界自然遺産登録は歓迎したい動きです。
また、沖縄の自然の社会的な価値向上に少しでも貢献していきたいと考え、2016年には自然遺産登録に関して、県内での周知を目指したツアーなどの形で協力させていただいた私たちにとっても、悔しいという思いもあります。
にもかかわらず、登録が延期となる(可能性が高い)ことにほっと胸を撫で下ろしている面がある…というのも私たちの正直なところです。その辺をすこし掘り下げてお話したいと思います。
登録によるリスク
候補地としての推薦の段階で、各方面から登録によるリスクを憂慮する声も聞かれましたが、これは私たちも例外ではありません。
それは、延期勧告の理由にも「持続可能性に重大な懸念」という指摘がありましたが、実際にこのまま世界自然遺産登録されて観光地として人気が高まっていったときに、フィールド・生態系を十分に保全しつつ利用するだけの素地・体制が当地で出来上がるには、まだまだかなり時間が必要だと感じているからです。
自然を観光資源として大きく売り出すことを考えた場合、まず「その地域の自然がどのようなものか」ということの学術的(自然科学、人文科学、経済学的)な把握に始まり、どんなアクティビティがどのくらい環境に負荷をかけるのか、その地域のフィールドのキャパシティがどのくらいで、どこまでの負荷なら許容できるのか、なるべく負荷をかけず、かつ有効に活用にするためには現実的にどうすれば良いか、などを検討する必要があります。
そしてそのためには「地域の自然を劣化させず、次世代にわたって持続させる」という共通の前提のもと、地域、観光事業者、研究者、愛好家、その他の有識者が一体となって意見を交わしつつ、検討を重ねていく、というのが最も良い形だと考えています。
地域の発展にどうつなげるのか、は必ず検討すべきことではありますが、それも「持続的なもの」でなくては意味がありません。また、その持続可能性が「イメージだけ・感情論に偏ったもの」ではなく実効性のあるものにするためには、学術・サイエンスの視点が必要不可欠です。
このような一筋縄ではいかない取り組みは、観光客が激増して「祭り状態」になってから行ったのでは文字通り「後の祭り」です。オーバーユースでフィールドが荒れ果てれば、世界自然遺産の指定解除もあり得ます。そして指定解除よりよっぽど深刻な問題として、一度荒れ果てたフィールドは簡単には元には戻りません。
そうならないためには、「何のために世界自然遺産の指定を目指すのか」「指定が本当にベストなゴールなのか」というところにさかのぼって、今ひとたび再検討する必要があると私たちは思っています。
今回の勧告は、沖縄の観光が抱える問題を明確化し、自然利用に関する課題について、から各方面が共通認識を持つ良いきっかけになりうる考えています。我々をふくめ、沖縄の自然に関わる人々が今後どのように協力してこの課題の解決に取り組んでいくのかが問われています。
私たちはなぜネイチャーツアーをやるのか
正直なところ、私たちはネイチャーツアー事業を「商機だから」というモチベーションで考えたことは一度もありません。
そもそも私たちは、大学院で沖縄の自然を対象とした研究に携わってきた人間でした。
ここ10年でも、在学中から通ってきた沖縄のあちこちのフィールドが開発の波に飲まれ、自然や生態系のかく乱が大規模に行われ続けてゆく現場をいくつも見てきました。
観光資源として自然の重要性が叫ばれる割には、沖縄の観光業界ではあまり自然の豊かさ(景色の綺麗さだけでなく、生態系の健全さや沖縄の自然の持つ特異さ)を活かしたコンテンツは少なく、またその重要性もあまり広く認識されていないのが現状です。
このような経緯から、沖縄観光の現場に、専門の科学教育を受けた人材が入っていくことの必要性を感じ、また沖縄の自然の放つ「サイエンティフィックな、自然史的な魅力」と「それに対して興味を持つことの楽しさ」を活かしてツアーを作ろう、成功したモデルを作って沖縄の自然の価値を多くの人に認めてもらおう、という思いで、同じ大学院の仲間と開業に至りました。
私たちのネイチャーツアーは「自然や生物に興味・関心を持ってもらうこと、その興味関心に応えること」をメインテーマとしています。なぜなら、それが長い目で見れば、「世の中が自然や生物に興味を持つ方向に動くこと」になり、自然への理解と保全への啓発と保全につながると考えているからです。
なので、たとえ世界自然遺産に登録されたとしても、「世界遺産を見たくて来る」という形でお客さんが来て、単に珍しい体験ができた、という満足感を得て帰ってもらうだけでは、私たちのツアーのゴールは達成されたことになりません。
また同様に、「滅多にできない体験として、特定の有名な希少生物が見たい」というモチベーションでたくさんの観光客が押し寄せるのも、キュリオス沖縄としては本意ではありません。奥地まで行かなくとも、特定の希少な生物の生息地や繁殖地に踏み込まなくても、それよりも身近で沖縄らしい、興味深い自然のコンテンツはたくさんあります。そんな自然観察を通して自然を見る視点を提供したい、そんな思いがあります。
もし、世界遺産登録が実現したあかつきに「世界遺産だから」という物珍しさを超えて、「沖縄の自然の本来の魅力」をちゃんと伝えるような体制が整っていなければ、観光客は「世界遺産を見た」というだけの表面的な感動を得て帰り、指定された地域の自然は「世界遺産」という名のもとにただ消費され、そこに息づく生物や生態系のことは誰も顧みなくなってしまうと思うのです。
私たちは、なにもネイチャーツアーだけでなく、全ての自然を利用したアクティビティの利用者に「自然環境の価値」に対する認識を持ってほしいと考えています。カヤックでもトレッキングでもヒーリングでも、自然の中で行うなら、その背後にある自然はただの「背景」「風景」ではなく、生き物たちから構成された生態系であり、それはとても貴重なものである、と。そういう価値観を利用者が共有することは、沖縄の自然環境を持続的に自然を利用していく上ではとても重要なのではないかと思っています。
というわけで、私たちキュリオス沖縄は世界自然遺産登録のいかんに関わらず、沖縄の自然の魅力とその価値を伝えてゆく事業を進めていきます。
世界自然遺産について
そもそも「世界自然遺産」とはどのような制度なのでしょう?今後のために、少しのその辺りの情報を調べなおしてまとめてみました。
世界遺産とは
世界自然遺産は、ユネスコによって指定される「世界遺産」の一つです。世界遺産は、1972年の国際連合教育科学文化機関(UNESCO、ユネスコ)の総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)」にもとづいて登録される「文化財、景観、自然など、人類が共有すべき顕著な普遍的価値を持つ物件(不動産)」のことです。
「戦乱や開発などから史跡などの文化遺産を守ろう」という動きやは20世紀初頭からあったようで、また一方で1948年に発足した国際自然保護連合(IUCN)によって「自然遺産保護のための国際的な取り決めを作ろう」という動きが進められており、ユネスコがそれらの流れを一本化してでき上がったのが「世界遺産」の制度です。
ざっくり言うと、「人類共通の財産と言える自然や建造物を守り、次世代に渡って伝え、多くの人で価値を共有できるようにしよう」というような制度です。世界遺産について詳しくは、Wikipediaの「世界遺産」の項目に非常によくまとまっているのでご参照ください。
世界遺産は、「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」に分けられます。
世界自然遺産登録のための「4つの基準」
「世界遺産」のうち、自然にまつわる重要性に基いて指定された世界遺産のことを「世界自然遺産」と呼びます。
重要性を決める基準は「ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域」「地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの」「陸上、淡水、沿岸および海洋生態系と動植物群集の進化と発達において進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの」「生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの」の4つです。
世界自然遺産登録のための要件としては、
- ①上記の世界自然遺産の評価基準(「自然美」「地形・地質」「生態系」「生物多様性」)のどれか1つ以上を満たすこと
に加えて、
- ②顕著な普遍的価値を示すための要素がそろい、適切な面積を有し、開発等の影響を受けず、自然の本来の姿が維持されていること
- ③十分な「保護管理」の体制が整っていること
という要件が挙げられています(参照:環境省のページ)。
日本では現在までに「屋久島」「白神山地」「知床」「小笠原諸島」の4地域が、世界自然遺産に指定されています。
奄美群島、やんばる、西表島はどのような地域か
今回、国が登録を目指してきた「奄美・琉球」とは、自然の固有性・希少性という視点から見るとどのような地域なのでしょうか。
奄美〜沖縄本島、八重山諸島を含む南西諸島は、氷期―間氷期の繰り返される地史の上で中国大陸とつながったり離れたりを繰り返してきた島々です。
左上から順に、「1500万年前」「150万年前」「100万年前」「10-2万年前」の陸の様子。濃い緑が現在の海岸線、薄い緑が推定上の当時の海岸線(引用:沖縄県のHP「「琉球諸島」の自然特性」より)
そのため、陸続きの時期に大陸から渡ってきた生物が島々に取り残され、島ごとに進化した結果、世界でもその場所にしかいない固有種の生物が多く生息する地域となり、また固有の生態系が築かれました。
さらに、奄美〜やんばるの森は北緯27-28°に位置していますが、この「緯度27°」の地域は、温帯というには高温で、かつ熱帯には入り切らない「亜熱帯」という気候帯に属します。
地球儀で見ると分かりやすいですが、この気候帯に属する地域はエジプト、インド、メキシコなど乾燥地帯がほとんどで、奄美ややんばるなどのように湿潤な照葉樹林が広がっているところは世界的に見て非常に珍しいのです(参照:沖縄市教員用資料:琉球列島と同緯度にある国や地域)。
これらの固有の生き物が生息すること、またその多くが絶滅のおそれがあり、生物多様性を守るために重要な地域であることを鑑みて、国は去年2月、奄美大島・徳之島、やんばる(沖縄本島北部)と西表島の、合わせておよそ38000ヘクタールの地域を世界自然遺産に推薦していました。
延期勧告の主な理由は?
上記の「世界自然遺産登録の基準」のうち、「生態系」「生物多様性」の2つの項目で登録を目指してきましたが、このうち「生態系」の項目では、候補地のエリアの多くが道路や施設によって細かく分断され「飛び地」になっていること、また指定されるエリアの周辺に「緩衝帯」となりうるエリアがないことから「生態系の持続可能性に重大な懸念がある」とされ、基準に不適格とされたようです。
もう一つの「生物多様性」については、「絶滅危惧種や固有種の多さ」が評価されたものの、生物多様性上非常に重要と考えられる「アメリカ軍から日本に返還済みの北部訓練場の跡地」が今回の候補地に含まれておらず、「このエリアを国定公園に編入し、候補地として統合することを検討すべきこと」などが指摘されました。
正式な勧告文を読めないので断定的なことは言えないのですが、いろいろな方面からの声を総合すると、どうやら今回の勧告では「自然や生態系の価値」が十分評価されなかったというよりは、「適切な保護管理が行われているかどうか、持続可能性があるかどうか」という点で基準に引っかかり、勧告を受けたものと考えられます。
勧告で延期になる?
勧告では「6月の世界遺産委員会で日本が説得力のある説明をすれば、まだ登録の可能性は残っている」とされています。
しかし、世界自然遺産に関する日本の有識者からは「しっかり推薦の内容を見直して再提出すべき」との声も上がっています。
まとめ
今回、登録が延期されたことを通じて、沖縄の自然を観光の中でどう扱うべきなのかをすべての関係者が考える機会となり、人と自然が共に豊かでありつづける共生型社会が実現することを強く願っています。
また、キュリオス沖縄はそのための取り組みを多様な事業者と連携を図りながら今後も推進して参ります。
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